知っているの、ずっと。あの冬の城で、育たないモノ達に囲まれて生きてきても。
それでもちゃんと分かってた。この身体のこと、伸ばす手の、小ささも。



―育たない身体―





「あら、アーチャー」
「む、イリヤスフィール」
セラのお小言から逃げて、何となくシロウの家にも行かずに散歩を続けていたら港に着いてしまった。奥深い雪山に立つアインツベルン城に長く住んでいた私に は、海というものはとても珍しい。潮風は少しべたついて気持ち悪いけれど、どこまでも続く真っ青な水と、寄せて返す波は悪くなかった。
そんな波が打ち寄せる港に、褐色の肌のサーヴァント。いつも着ている赤い聖骸布を脱いで、現代の洋服を纏った彼はとても抑止の英霊とは思えなかった。
「釣りをしてるの?」
「…ああ」
頷いたきり向いた視線はまた海に戻ってしまう。私はその向けられた背の後ろまで近づき、ひょいと隣に置かれたバケツを覗き込んだ。
「…釣れてるのね」
「まあ、それなりにはな」
「ふーん…。………ねえ、釣りって楽しい?」
尋ねれば、琥珀色の瞳が驚きをもって向けられ、そしてシニカルな笑みを作った。
「ああ。だが、君にはきっと向かないだろう」
「そうなの?」
「ただじっと魚が釣れるのを待っているだけなんて、退屈で耐えられないだろう?」
言われて私はアーチャーの竿を見、その糸が垂れる水面を見る。ぷかぷかゆらゆらと揺れる目印と、波の音と、時折聞こえるウミネコの声。喧騒から離されて、アーチャーはただじっと座っている。
それは、確かに退屈そうなのだけど…。
私はアーチャーの後ろを通ってバケツの無い方の横に来る。地べたに座るなんてレディのすることじゃないので、スカートを膝に巻き込んでお尻が付かないようにしゃがんだ。
「イリヤスフィール?」
座り込んだ私をアーチャーは不思議そうに見遣る。それに柔らかく微笑み返した。
「一人なら、きっと退屈だわ。でも、大切な人が隣に居るなら楽しいと思うの」
私の笑みを見つめた彼は少しだけ目を瞬いた後、逸らすように瞳を伏せる。それが少し残念で、でも仕方ないかなとも思う。視線を彼と同じ水面に向ければ、隣からごそごそと動く気配がした。
「…アーチャー?」
「その姿勢は辛いだろう。此処に居る気なら、この椅子に座るといい」
今まで座っていた簡素なパイプで組まれた椅子。それを押付けて、本人はもう地面に直接胡坐をかいてしまった。
「ありがとう、アーチャー」
初めて座る椅子はギシギシいってバランスが取りにくい。安定しない椅子の上で何度も座り直しながら、ようやく安定する場所を見つけ、スカートの裾を直した。
潮風が吹く。その風が糸を揺らし、水面を揺らし、髪を乱れさせた。
ちらりと、隣に居る人物を伺う。羽織ったベストが風に揺られ、帽子が飛ばないように片手で抑えている。その姿は、とても英霊には見えなかったし、知っている面影とも重ならない。だけど、瞳が。
(どうして同じだって…気づかなかったのかしら…)
琥珀色の瞳。よく知っている、大好きな目。見つめてくれて、優しく笑ってくれるその瞳は、今は険しい厳しさを湛えている。その目は、別の誰かを思い出させた。
優しく笑って私を見つめながら、ふと気がつくと彼はそんな目をして外の雪を眺めていた。きっとその目には、雪ではない別のものが写っている。
昔から、その目が嫌いだった。彼がどこかへ行ってしまいそうで、怖かった。
そのどこかには、きっと私は居ないだろうと分かっていた。
「………アーチャーは、…私のこと覚えてないのね」
ぽつりと呟いた言葉に彼が振り返る気配がする。
「リンやセイバーのことは覚えてたのに、私のことは忘れちゃったんだ」
自然と唇が尖ってしまう。脳裏に浮かぶ二人は、どちらも美しく女性としての柔らかさを備えている。自分は生涯手に入れることが無いであろう、すらりとした身体。
もし…。
もしも、私が。
私の身体が、年相応に成長していたら、貴方は覚えていてくれたかしら。
悔しくて、そんなあり得ない世界の話を、夢見てしまう。
「………俺は…」
アーチャーが呟く。
「生前の記憶は全て…朧げだ。遠坂のことも、名前を聞くまで思い出せなかった」
振り向いてみれば、視線が合わないように顔は俯かれている。普段の気取ったような喋り方でない、今の彼のような話し方は、まるで時を戻す魔法のように彼の顔を幼くさせた。
「イリヤのことも会わなければ思い出せなかったんだと思う。だけど……、覚えていることも、ある」
「……………どん、な?」
「守らなきゃいけない妹が居た。そして、いつも俺を信じ背中を押してくれる姉でもあった。…大切な、家族が居たと」
口元に浮かんだ笑みは優しそうなのに、どこか寂しげだった。
私は士郎が好きだった。切嗣が残した子ども。切嗣を奪った子ども。憎しみを募らせて、果たせなかった復讐を代わりに背負わせようと、私がどれほど苦しかったのかを思い知らせてやろうと、会いに来た。
だけど士郎は優しかった。温かくて、一緒に居ると楽しかった。
好きだという思いが、どういう種類のものなのか私には分からない。人と居た記憶なんて、温かだけど苦しいあの過去にしかない。
だから分からないけど、でもどちらだって構わなかった。私はただ、士郎が好き。士郎に幸せになって欲しい。だから士郎がどんな道を選んでも、例えそれが、切嗣と同じ道だったとしても、私は彼の味方でありたい。どんな風になってしまっても、私は、士郎のお姉ちゃんだから。
椅子から立ち上がる。顔を上げたアーチャーの頭を、そっと胸に抱きこんだ。
頭を抱えるだけで精一杯な小さな身体。私の小さな腕の下で、アーチャーが慌てたように身じろいだ。
抱きしめた身体からは、錆びた鉄の香りがした。
けどその奥に、彼と同じ、温かな太陽の香りがする気がした。
「ねえ、私は…」
支えるには小さすぎる手も、レディとして見てもらうには幼すぎる身体も嫌いなの。だけどそれでも、私はこの身体で。
「貴方を、守れたのかしら…シロウ」



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士郎のことが大好きな人と弓を絡ませてみたい。
将来士郎がなる姿として、弓に接して欲しい、という希望から出来た小話。
別バージョンでセイバーが書きたいです。しかし…、難しい…。
イリヤは個人的に恋愛感情よりも、行き過ぎた家族愛って感じなのですが。
妹もいいけど、お姉さんポジションのイリヤが最高に萌えます。 ああ、しかし久しぶりに言峰以外の話を書いた(笑)
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