槍言。
UBWの槍最後のあのシーンにかけて。




ずるずると男は足を引き摺って歩く。服はぼろぼろに破け、呼吸は荒い。一見してただ事ではないと感じさせるその男は、人目を避けるように暗闇の中を歩きながら、人の居ない廃ビルへ忍び込んだ。
一息つくように壁に凭れ掛かり、そのままずるずると地べたに腰を下ろす。
「よう。満身創痍じゃねえかマスター」
そこに、何もない虚空から青い槍兵が姿を現した。

言峰が何者かに襲撃されたという事実は、すぐにランサーにも伝わった。大変不本意ではあるが、今のマスターは言峰である。気はのらないが助けに行くか、と、教会へ向おうとしたその時に。
”……来るな”
直接頭に響くような声で、そう命令された。
無 謀ともいえるその命令に、ランサーは逆らわなかった。元々、言峰から令呪によって命令されていたのは「主変えに賛同しろ」と「諜報活動に徹しろ」の二つで あり、マスターの守護は含まれていない。それでも言峰を助けに行こうと思ったのは、例えどのような人間でも主とした者を守らないなど、自らの誇りが許さな いからである。
だが、それを止められた。マスター本人がその守護を拒否したならばそれ以上強く出る気はない。どのような考えがあるのかは知らないが、そこで死ぬのならばそれまでの男だ。自らの判断で死ぬのならば、ランサーに非はない。
いやむしろ、そこで死んでもらえると有り難い、と考える一方で、それはやはり無いだろうなとランサーは溜息をついた。
この程度で、あの男が死ぬとは思えない。
言峰が誰と戦っているのかは分からなかったが、相手は中々に強敵のようだった。自分に流れてくる魔力量が減っていく。
さて、万が一にでも言峰が死んだ場合、自分はどこに行くべきかね…。などと、軽い調子でつらつらと考えていた時、不意に、胸を突き刺すような痛みを感じた。
突き刺すというよりも、貫かれる。それは、自らが受けた痛みではない。
「……うわ。もしかして、もしかしてってヤツか?」
マスターが受けた傷。これは恐らく致命傷だ。サーヴァントならばいざ知らず、普通の人間ならば助かるべくも無い。
希望が見えた、と我知らず笑うランサーは、だがしばらくしてまた難しい顔に戻った。
受けた傷は致命傷のはずだが、言峰との繋がりが切れる気配は無い。しかも、魔力がこれ以上減る気配もなく、明らかに戦いは終了してしまったようだった。
「…んだよ。やっぱ生き残ってんじゃねえか」
期待させやがって、とランサーは潜んでいた場所から出る。霊体であるためこそこそと隠れる必要はないが、同じサーヴァントに出くわせば存在がばれる可能性もある。周囲に注意しながら、ランサーは言峰が居ると思しき方向へ飛んだ。


人気のない廃ビルに辿り着く。エントランスを抜け、一階へ。埃と瓦礫にまみれた汚らしい床に、言峰は座り込んでいた。
「よう。満身創痍じゃねえかマスター」
軽い調子でランサーはそう話しかける。実体化したサーヴァントに視線を向け、言峰は薄く笑んだ。
「まあな。むしろサーヴァント相手に生きのびられたのだから、僥倖と言えよう」
その言葉に、むっと眉を顰める。教会に襲撃を掛けたのは一体どこのどいつかと思えば、やはり相手はサーヴァントだったらしい。だが、普通の人間がサーヴァント相手に立ち回るなど考え難い。
「ふん、悪運が強いってことかね。んで、相手は誰だったんだよ?」
「キャスターだ。マスターは居なかったところを見ると、あの魔女の独断だろうな」
キャスターとは、一度だけ戦っている。正体を見極めることはできなかったが、キャスターの名に恥じぬ戦いっぷりだった。あの魔術は、魔法の域にさえ入る。それを掻い潜り、言峰は生き残ったようだ。
勝算が、初めからあったのか。それともただの偶然か。どちらかと言えば、やはり前者なのだろう。
まったく呆れると腰に手を当てる。と、いつの間にか言峰は顔を下げ苦しげに肩で息をしていた。
「…そういやアンタ…、胸を」
貫かれたか、と少しだけ真剣に問い掛ける。訝しげに僅かに視線を上げた言峰は、すぐに気がついたようにまた顔を下げ苦しげに笑った。
「ああ……、そちらにも感覚が、いったか」
「まあ、な。てっきり死んだかと思ったが…」
その言葉に、なにが可笑しかったのか言峰は愉快そうに笑う。破れた服を掴みながら押さえ込んだ胸は、既に塞がっているようにも見えた。何かしらの治療魔術を 心得ているのか、それともそういった魔道具を持っているのか。分からないが、あの致命傷とも思えた傷を既に塞いでるのだから相応のものだろう。
「おい、いつまでも笑ってると傷が開くぞ」
「ク、クク。ああ…、そうだな」
笑いを納めてもまだ愉快気に、そして苦しそうに言峰は息をする。ランサーは呆れるように目を細めてから、穴が開いたはずの胸へと視線を向けた。外側だけならば、既に塞がっている胸。その、胸を押さえている手が。
その手の間から、なにか、酷く黒く、醜いものが。
よくない モノ が、溢れ、て。
「ランサー」
呼びかけに我に返る。改めて見てみれば、言峰の胸には何もない。ただ血に濡れた跡があるだけだった。
「あ…、なんだ?」
「次の、指令だ。…お前は凛を守れ」
その命令に目を瞬かせる。凛というのは、確かアーチャーのマスターだったはずだ。それをあの言峰が、殺せではなく守れと言っている。
「何…企んでんだアンタ」
あり得ないと眉間に皺を寄せる。
「いや…?単に、心配なだけだ。アレは、十年前から私の弟子だからな」
笑いながら紡がれる言葉に偽りの色が見出せない。それに、心から真実なのだというその事実に、呆然とした。笑いながらバゼットの腕を斬った男が、その腕で人を救おうというのか。
だが、むしろそれは人らしい感情ではないのだろうか。世の中には、大切にしているモノ以外はばっさりと切り捨てられる人間が居る。言峰は、その種の人間だったということなのだろう。ただ、惜しむらくはバゼットがその「大切な者」に入っていなかっただけで。
だからといってバゼットの件を許す気にはなれなかったが、それでも今回の指令は悪くはない。あの少女は、ランサーにとっては何か懐かしいような、いい女の匂いを感じさせた。
「ふん、その言、偽りねえだろうな?」
「当然だ。キャスターがどうも、暗躍している、ようだからな。……ただし深入りは、するな。守るだけでいい」
「うし、分かった。そりゃ今までの命令に比べれば何千倍も楽しそうな仕事だな」
それに言峰はクックッと笑った後、「ああ」と何かを思い出したように顔を上げた。
「アーチャーは、できれば殺してしまえ」
「?…お嬢ちゃんを守るんだろう。なら、サーヴァントは殺さない方がいいじゃねえか?」
「いや…、むしろ、サーヴァントは邪魔だ。だが出来れば、でいい。最優先は凛を、守る事だ」
守 るべきはアーチャーのマスターではなく、遠坂凛という少女だと。それにランサーは頷く。守りつつも、なるべくならば敵を少なくしろと。相変わらず無茶な上 に勝手な命令だと思いながら、いっそただ守れといわれるよりもこの男らしいかとランサーは本日何度目かの溜息をついた。
「了解だ。んじゃ、俺は行くが…。マスターはこれからどうするんだ?」
「しばらく身を隠す…。傷を、癒さなくてはな」
荒い呼吸は結局治まる気配を見せなかった。血は止まっているようだが、中身がぐちゃぐちゃなのかもしれない。尊大なこの男が、いつまでも立ち上がる気配をみせないところを見ると足はほとんど機能していないのだろう。
今ならば、少しは日頃の恨みも晴らせそうだと考えてから、ランサーは頭を振ってその考えを払った。折角、気分のいい命令を貰ったのだ。下手をしたら返り討ちに遭うような真似はできるならば避けたい。
出て行こうとして、もう一度だけ振り返る。それに気がついた言峰と視線が合った。
「………胸の傷は、本当に大丈夫なのか?」
その言葉がよほど意外だったのか言峰は目を瞬かせる。それに酷く馬鹿な質問をした気分になり、ランサーは忌々しげに舌打ちした。
「んにゃ、やっぱり何でも…」
「この心臓を止めるのは、容易ではない」
打ち消そうとした言葉を途中で遮られる。言峰は楽しげに、陰鬱に唇を歪めていた。
「お前の槍ならば…、止められるやも、しれんな」
放てば必ず心臓を穿つ呪の槍。その呪ならばその鼓動を止められると、見もしない未来を見たかのように、言峰は笑っていた。




そしてその予言は、図らずも確かなものとなる。
少女は走り去り、暗い石室にはランサーとかつてマスターであった男の死体だけ。何も残さず、何の感慨も抱かず、男は死んだ。或いは、この未来すら予想のうちだったのかもしれない。
火のルーンを発動させる。強い炎が舐めるように部屋を覆った。
「は…あ」
体は、刻一刻と崩れていく。だというのに、何故か。自分でも理解できない感情で、ランサーは言峰の死体へと近寄ろうとした。心臓から、命が零れる。動くほどにこの体は消えていく。
「クッ……ソ」
だが気力でそれを抑える。何故か分からない。けれど焦燥にも似た思いで、ランサーは言峰の近くへ行かなければならない気がした。男の胸には穴が開いている。その穴から何か、ごぷりと、黒い泥が吐き出された。
泥は流れる。炎は既に二人を取り囲み、じりじりと焼いていた。
「ハッ…、んだよ、てめえ…」
辿り着き、覗いた男の顔は僅かに笑っているように見えた。それは、周りで踊る炎のせいかもしれない。だが、ランサーにはそれが酷くこの男らしくて、思わず苦笑が浮かんだ。
「奇怪な心臓持ちやがって…。初めから…、動いてねえんじゃねえか」
ぽっかりと空いた穴。たしかに刺し穿ったその場所には、がらんどうの様な手応えしかなかった。
いつか殺してやろうと思っていた。そんな男を前にして、お前ならば殺せるだろうと言峰は笑った。ただそれだけの、事実。
「最後に男と心中なんて…、ツイてねえな俺も」
笑いながら、言峰の頭を抱きかかえる。炎はもう半分以上その体を焼いていた。冬の城が崩れ出す。
その中で、共に灰になるサーヴァントとマスターが、一組。



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三行の空白にエロでも入れておいたらまだ心の動きが書きえたんでしょうか…。
なんか、UBWのあのシーン。あの槍言名シーンで書いて!みたい!!
っていう気持ちだけ先に行っちゃった話になりました。
うん、機会があったら書き足したりしたい。
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