小金言(ホロウ)




目を、覚ます。
見覚えのある天上。石造りの冷たい部屋。確固とした肉を持つ肉体の感覚を確かめてから、さっきまで活動していたあちらのボクの記憶を思い出した。
自分であって自分でない。他人の記憶を覗くような、理解できない感情の流れを読み取りながら一つ溜息をついた。
再び始まった聖杯戦争。そして、第五次聖杯戦争から存在し続けるサーヴァント達。不安定で、幻のような現実。ありえる筈のない記憶が、矛盾しながら当たり前のように続いている。
けれど、感じる。この世界を形作る力は、かつてボクの中に入り込んだあの"泥"と同質の物。幻のようなこの現実を構成する絡繰は容易に覗けてしまって…。
……でも、だからと言って全てボクに丸投げして寄越すのは如何なものかと思う。扉の奥にある問題に一つ溜息をつきながら、それでもまあ、もう一度日常生活を送ってみるのも悪くないと少し笑う。
それに、扉の奥の問題も面倒だけれども思うところがないわけではない。
覚悟を決めて扉を開く。そこには、先ほど怒鳴りつけて扉を締めた時のまま、銀髪のシスターが立ち尽くしていた。
「…えーっと、一応、初めましてって言ったほうがいいですよね」
突然扉の奥から現れた子どもに彼女は目を瞬かせる。そして訝しむように首を傾けた。
「…貴方は…、どなたかしら?」
今この教会に居る人物は限られている。ある意味で、この世界でこの教会は異質なのだ。真っ当な人間はこの教会を訪れたりはしない。なればこそ、目の前のこの子どもは何なのか。
その疑問と僅かな警戒心と解きほぐすようにボクは満面の笑みを浮かべる。
「ボクはギルガメッシュですよ」
「ギルガ…メッシュ?いえ、そんなはずはありません。彼は……」
「勿論、先の聖杯戦争で戦ったギルガメッシュはもっと大きな青年です。ボクは、そのギルガメッシュの在りし日の姿です」
その説明に彼女はやはり目を瞬かせる。聖杯戦争やサーヴァントシステムについては、恐らくここに来るまでに資料で嫌というほど学んだのだろう。それでも、全てが分かっているわけではない。
例えば"ギルガメッシュ"という存在に関しては、むしろ分からない事柄の方が多かっただろう。自分で言うのもなんだけど、ボクは色々と規格外だから。
「もっときちんと、筋道の通った説明をお願いできるかしら?」
少し混乱してるのか彼女は不機嫌に眉を顰める。その表情に、ボクは目を細めた。
少し、似てる。母親の顔を、ボクは彼のぼやけた記憶でしか知らないけれど彼女の顔はきっと母親似だ。それでも偶に、本当に偶に、その表情が彼とダブった。
少し痛いその感傷を振り払って、ボクはそれに笑いながら頷いた。
「あ ちらのボク、つまり先ほどまで貴方と会っていた青年体のボクはこの世界が気に入らないらしいんです。こんなのは児戯にも等しいって、さっさと見切りをつけ ちゃいまして…。それで倉庫の中にある道具を使って若返り、ぜーんぶボク、つまりギルガメッシュの幼年体に押し付けた。という訳です。
ああ、でも安心して下さい。ボクはあっちのボクより遥かに扱いやすいですから、この状況はむしろマスターのためになると思いますよ?」
「……………………つまり、さっきの尊大で高飛車で我侭なサーヴァントは正真正銘あなたと同一人物なもかしら?」
…なんだか酷い言われようだ。まあ、他人を「雑種」と言ったり、人の話を全く聞かなかったり、思い当たる節がありすぎて反論のしようもないけれど。とりあえずボクも同じような性格だと思われるのは、いい迷惑。
ああ、本当に自分だからこそアレは頭が痛い。
「確かに、正真正銘アレはボクが将来なる姿ですが、どちらかと言えばボクと彼は別人と考えてもらっても差し支えはありません。性格は全然別ですから」
きっぱりと、そこだけは分かって欲しいとボクは主張する。彼女は難しい顔をして考え込みながらボクの顔を見つめていた。
「…貴方の、記憶はどうなっているのかしら?」
「基本的に情報として継続されています。だから、さっきマスターが言った内容もきちんと覚えていますよ?大丈夫、ちゃんと言われたことは守りますから」
にっこりと安心させるように笑う。敵意もなく邪気もなくもちろん裏だってない、完全に友好のみを示した笑顔。だというのに、彼女は難しい顔を崩さぬままボクを見つめた。
「…マスター?」
その呼びかけに、彼女は益々表情を険しくした。
「……………………貴方は、私をマスターと呼ぶのね」
そうしてぽつりと呟かれた言葉にボクは目を瞬かせた。
「だって、今は貴方がマスターでしょう?」
「ええ。けれど先ほどの貴方は私をマスターとは認めないと言っていたわ」
「ああ……、あの人は仕方ありませんよ。強情なんです」
「余程、前のマスターを気に入っていたということ?」
「………まあ、ある意味では。でもそれ、本人に言っても絶対に否定しますよ」
「…………」
あはは、と軽く笑うボクに彼女は僅かに沈黙する。
そして、
「…まるで違うのね。同一人物だなんて信じられないわ」
そう言って困ったように溜息をつく彼女に、ボクも苦笑した。
「同感です。全く、どうしてああなっちゃうのかな…」
「本人でさえ分からないことが、他人に分かるわけがないわ。…兎に角、貴方が私のサーヴァントだという事は分かりました。今後の方針はさっき話したとおりです。なにか質問は?」
「そうですね…。お兄さんに関わらなければ普通に生活していても?」
「構いません。度を外しすぎなければどのように日常を謳歌するのも止めないわ」
「そうですか。じゃあ、後は特に質問はありません」
折角の自由な時間、ただ無為に過ごすなんて勿体ないことは出来ない。なにかこの時代ならではの遊びでもしてみようか。子ども達に混じって遊ぶのも楽しいかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていたボクを彼女はまだ眺めていた。
「……まだなにかあるんですか、マスター?」
どうしたのだろう、と首を傾げて尋ねてみても彼女はボクを見つめたまま動こうとしない。色素の薄い金の瞳は何かを覗きこむように、まるで透かすように見つめている。まるで、深い深い闇の奥から人の瑕を見つけ出していた…彼のように。
「貴方も…」
呟かれた声は鈴のように透き通り、頭に響く。
「前のマスターを気に入っていたのね」
やけによく通るその声も、その瞳も、まるで違うのにあまりにも似通っている。思い出す面影は鮮明で、陰ることもなく今もこの胸にあり続ける。
ああ、本当に。
本当に、なんて偶然。
この出会いも、巡りあわせも、そして、ここにもう貴方が居ないことすらも。
「ええ、大好きでしたよ」
今も、尚。
彼女はそれに少しだけ不服そうな顔をして今度こそ踵を返した。ぱたりと扉が閉じられれば中庭には薄曇りの空と、遠くで鳴く鳥の囀りだけ。変わらない石の壁の感触に身を寄せて、変わってしまった世界を思う。
彼の居ない世界。彼の残らない世界。そんなことは知っている。だってもう、十年も前からずっと
(彼の心の臓腑は、彼のものではないんだから)
「……コトミネ」
マスターではなく、名で呼ぶようにと彼は言った。普通の生活をするためには、マスターなんて呼び方は異常でしかないから。でもそれは、少し嫌だった。
だってそれでは、彼の名前自体が”マスター”と同じ意味になってしまう。マスターとサーヴァントの関係など、ただの打算でしかない。だからその名に、利益を越えた想いを籠めても何の意味も成さなくて。
「だからボクは今、ちょっと嬉しいんですよ」
もう貴方はボクのマスターじゃない。もう貴方の名は”マスター”と同じ意味にはならない。
「コトミネ」
その音に籠められるのは、ただ、一人の少年の想いだけ。



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ウチの子ギルはなぜか言峰大好き。
ていうか、私が単純に子ギル×言峰が好きなだけです…。いや、なんかいいな。って。
子ギルはちゃんとサーヴァントとして呼び出されたからにはサーヴァントの責務を全うしそうな感じがします。そういうルールとか、ある程度はしっかり守りそう。
なので大ギルは好きじゃない。言峰をちゃんと守らなかったことを軽く恨んでたりすると、いい…な。
もしくは悔いてたりするといいな。言峰的にはそんなこと、どーでもいいんですが(笑)

そのうち、大ギル×言峰とかも書いてみたいなぁ。
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