小金言。






海岸の町であるせいか、冬木市の冬はそれなりに寒い。雪だって降る。この時代、この町に慣れていなかった去年は、冬の寒さを甘く見ていたせいで散々な目にあった。
だけど今年は違う。去年の経験を元に防寒はバッチリだ。
耳当て付きの毛糸の帽子と、ふわふわの毛皮のコート、手袋、厚手の靴下。がっちりマフラーも巻いて、外の冷たい風なんて少しも入ってこない。冬なのに、ぽかぽか。幸せなことだと思う。素晴らしいことだ。
………だっていうのに。
「…はぁ」
思わずこれ見よがしに溜息をつくボクを、少し前を歩く男が振り返った。ただでさえまだ幼くて小さいボクを、ただでさえ普通より大きい男が見下ろす。正直、見上げるとちょっと首が痛くなる高さだと思う。言ったところで、改善のしようもないから何も言わないけど。
「何か言いたげだな」
男はさして興味もなく、どうでもいい事のようにそう尋ねる。別にそれは彼の常だから気にはならない。寧ろ、心配なんてされたら逆に対応に困ってしまう。
「…あのですね、コトミネ…」
ボクは言いながらぴたりと足を止める。それに合わせるように男、コトミネも少し前で足を止めた。
ボクとコトミネは今、普通に街を歩いている。コトミネの行きつけの中華料理屋へではなく、ただ生活用品を買出しにきたというありきたりな理由で。
それに問題はない。ボクだってちょっと欲しい物があったし、あの地獄みたいな料理を食べなくて済むならコトミネとの買い物だって悪いものじゃない。むしろ楽しい。性格が最悪で、本質を知られたらまず好かれる事はない彼だけど、ボクは意外と嫌いではないから。
だからこの買い物には問題はない。そうじゃなくて、問題があるのは…。
「……寒く、ないんですか?」
問題なのは、コトミネの恰好だった。
教 会の神父であるコトミネは、外に行く時も当たり前のように神父服を着ている。十字架だって首から下げてる。陰鬱で死んだような目をしてるけど、どっからど う見ても神父以外には見えない。この日本で、宗教服ほど目立つものはないって、このボクでさえ分かっているっていうのに。
でも…、それだけならいい。
それだけならまだいい。
問題なのは、この寒い中。雪さえ降りそうなこの寒い中を、コート一枚(しかも前を開けてる)で歩いていることだ。
寒い。見ていて寒すぎる。この真冬の街で、それはあまりにも浮いている。
そもそも去年の冬に寒さを甘く見て痛い目を見たのは、ひとえにコトミネのこの恰好も起因している。秋頃から真冬までずーっとこんな恰好をされてたら、冬はそれぐらいの軽装で乗り切れるのだと、誰でも勘違いをしてしまうものだと思う。
ボクの田舎基準で行動しようとしたあっちのボクは置いておくとして。…本当に、なんであんな風になっちゃったのかなあ。
「特に問題はないし、お前が気にすることでもない。そんなどうでもいい事を考える前にさっさと足を動かしたらどうだ?」
物思いに耽っているボクをコトミネの言葉が現実に引き戻す。そうしてそのまま先に進んでしまうコトミネを、もう一度溜息をつきながら追いかけた。
「問題はないって言ってもやっぱり気になるんですよ。見てて寒いですし、万が一にでも風邪なんてひかれたら…」
「万に一つも風邪をひく可能性は無いが、もし風邪をひいたとしてもお前に面倒がかかることはあるまい。元の姿にでも戻ればどこへなりとでも行くだろうしな」
追いついて横に並んだボクにコトミネは薄く笑う。それに、むっと眉を寄せた。
「あっちのボクなら、確かに風邪をひいた貴方なんて放って置きそうですけど…。でもマスターの危機を放っておくなんてサーヴァント失格ですよ」
ボクにはそんな事はできません、と、そう言えば彼の目が細められる。くだらないというように。
「お前は、というよりも向こうのお前は、サーヴァントであってサーヴァントではないようなものだがな。まあ、どうでもいい事か。どちらにせよ私が風邪をひくことはあるまい。鍛え方が違うということもあるが、何よりも……屍体が風邪をひくようなこともあるまい」
性質の悪い冗談のように笑うコトミネの目は、暗い。いつだって陰鬱で暗い顔をしているけれど、今は死んで濁った魚の目のようだ。
死んでいる。
コトミネキレイは、死んでいる。
今も死に続けている。ボクが、守りきらなかったから。
「…本当に寒くはないんですか?」
「絡むな。問題はないと言っている」
しつこいと言わんばかりに顔を顰めボクの方を流し見た彼は、何を見つけたのか片眉を上げた。
「………お前の言だが、アレはお前ではないのだろう」
気分を害したようにコトミネは言う。ボクの傷は、彼にとって楽しいものではなかったみたいだ。
ボクはそれが少しだけ可笑しくて笑う。そして何気なく目の前にあるコトミネの手を取った。不審気にこちらを見るコトミネの目も、無視して。
「ボクは生まれが生まれなので、寒いのって苦手なんです」
ぽかぽかの体。温かいっていうのは良いことで、ボクは離さないようにコトミネの手を強く握った。
「生憎だが私は寒いのはさほど苦ではない。…さっさと離せ」
「嫌です」
いつになくストレートな要求に、子ども特有の無垢な笑顔で笑いながらきっぱりと断る。それに眉を顰める彼の手を引くように、少しだけ足を速めた。
「いいじゃないですか偶には。さて、後は何を買うんでしたっけ?」
「話を逸らすな」
「逸らしてませんよ、元に戻したんです。…そんなに嫌ですか?心配しなくてもきっと親子に見えますよ」
「人種が違ううえに、お前は一体私がいつの時の子どもになる気だ?」
そう言って、不機嫌なまま力任せに手を振り解こうとする彼にボクは両手で掴みかかる。離さないように。片腕を、まるで抱きしめるように。
そこまでされると不機嫌を通り越していっそ呆れてくるのか、珍しくコトミネは諦めるように溜息をついた。
「なにがしたいんだ、お前は」
「だから言ったじゃないですか。寒いの、嫌なんですよボク」
「十分に温かそうな恰好だろう。そもそもその手に嵌めているものはなんだ?」
「手袋です。防寒具ですね。でも寒いんです」
にこにこと笑いながらそう言う。嘘はついてない。本当に、寒いんだから。
「寒いんです。だから、手ぐらい繋いだっていいでしょう?」
「よくはない」
即答でそう言いながら、それでもコトミネは半分ぐらい諦めているみたいだった。押しに弱いわけではないけれど、何でかな?不思議だけれど、コトミネはどうやらボクのようなタイプが苦手らしかった。
ボクが苦手なわけではないと思いたい。嫌われてはいないようだし。そもそも、コトミネの基準に好きとか嫌いとかは殆ど無いけれど。
抱きしめていた腕を解放して、普通に手を握りなおす。やっぱり不機嫌なコトミネの横で、ニコニコと楽しげに笑った。

寒いのは、嫌いです。嘘じゃないよ。
心だって、温かいほうがいいに決まってる。



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薄いコートを着てる言峰に、お金持ち子ギルきゅんが色々買ってあげようとするお話が書きたかったんです…が?………が?
大きいほうを連れてくれば良かったかと後悔する言峰と、あっちのボクじゃそもそも買い物の手伝いなんてしませんよと笑う子ギル。とかとか。
子ギルがそれなりに言峰に懐いてるとドリームです。
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